「安鍼」の臨床報告

臨床例 T・Yさん 42歳 男性

ストレス性疾患(抑うつ、円形脱毛症、不眠傾向、肝障害)

身長185cm、体重90kgという大男で、外見は如何にも健康そうに見える。ところが、治療ベッドに横になると、毎朝全身が硬直しているように感じたり、腰が重く痛んだりするので、スムーズに起き上がることができないと、弱々しい声で悩みを訴えた。尋ねると、2年ぐらい前に、朝の目覚めが悪く、何度か遅刻してしまったことがあり、その後ぐらいから寝起きに腰の痛みを感じるようになってしまったとのこと。人員整理のあおりを受け、余計な仕事まで回ってくるようになり、疲労が頂点に達していたのだろうと、そのころのことを回想していた。近所の整形外科クリニックで診てもらうと、腰椎には大きな変化がみられないので、恐らく筋肉の疲労だろうと言われた。鎮痛薬や湿布薬を処方され、しばらく試すが、痛みは少しも軽くならない。そこで、某大学病院で、MRIを撮ってもらった。ところが、痛みの原因となる器質的な変化は認められなかった。思案の挙句、会社の産業医に相談すると、しばらくの間休職して安静加療に努めるべきと言われた。また、原因不明の腰痛には鍼灸治療が効く場合がるので、良かったら掛かってみたらと、当院を紹介された。産業医の紹介状の通り、発症から現在に至るまでの経緯から、身体表現性障害が疑われた。そこで、安鍼はもとより、頭や背中、手足にある鎮静ツボに鍼灸治療を施した。また、朝の日光浴と、薄ら発汗する程度の歩行運動も勧めた。特に緑の多い公園で行うと更に効果的だとも付け加えた。朝の太陽の光はメラトニンの分泌を促進し、歩行運動は自律神経を調整し、清々しい気持ちで行う散歩は痛みの中枢性感作を緩和させる可能性が高いからだ。治療経過は良好で、1ヶ月も経たないうちに起き掛けの全身の凝りも腰痛も軽快し、会社に復帰することができた。現在、悪化しないようにと定期的に来院しているが、根本的な解決法は、本人がストレスに強くなるか、自分の生き方に合う職場に転職することしかないであろう。