「安鍼」の臨床報告
臨床例 I・Tさん 65歳 男性
うつ病 心気症 坐骨神経痛 頚腕症候群
身体の異常に敏感で、下痢しただけでも病院に行く。また、ガンが心配で、年に2回は胃カメラや大腸ファイバーを受ける。生まれ持っての心配症である。また、結構自分勝手な性格で、予約も取らず強引に治療を乞うこともある。それでも、以外と素直な面もあり、こちらの指導にちゃんと応えるので、憎めずにいる。当院には、30年近く坐骨神経痛や頚腕症候群で1週に1回の割合で通っている。その彼の音沙汰が2ヶ月近く途絶えたしまった。気になって電話でもしようかと思っていた矢先、ひょっこり現れ、実はうつ病で入院していたと言い出した。ご家族にご不孝があり、それが精神的な負担になってうつ病を発症してしまったとのことで、一時は死にたいぐらい落ち込んでいたようだ。主治医から、自殺願望が消え、社会に順応できる状態まで回復したので、これからは外来で治療を継続していくと言われたそうだ。そこで、現状を尋ねると、まだ仕事をする自信がないので、自宅で寝てばかり。辛うじて4~5時間ぐらいは眠れるようになったが、そのあとはウツラウツラで眠った気がしない。それに手足のしびれが堪らなく辛く、腕をあげることすら億劫だ。脇も張ったような感じで、食欲が湧かない。胃や肝臓、膵臓にガンが出来たのかもしれない。出来ることなら元気だった学生時代に戻りたいなどと、憔悴しきった様子で話していた。顔を眺めると、目には涙が滲み、眼球はチョロチョロ動く。明らかに不安定な精神状態であることが解る。うつ病の他、心気症も併発しているようだ。そこで、左顔面に重点を置いた安鍼を施し、頭や背中、手足などにある鎮静ツボ、更に腹部の強壮ツボに鍼灸治療を行った。消化器系の機能が高まると、非生理的な水分が排出され、うつ的気分が払拭される。古人曰く、痰なければ鬱なしである。本人には、暖かくなると、元気のもとである陽気が活発に全身をめぐるようになるので、そのころには鬱的な気持ちは消えると励ましの言葉をおくり、同じような治療を継続した。すると、思っていた通り3ヶ月後には職場に復帰することができた。このころになると、自分を卑下する言葉は少なくなり、逆に医師や隣人、兄弟の悪口が多くなっていた。やっと、うつ病から解放されたようだ。現在、ひと月に2~3回の割で来院しているが、時折助手に向かって、案内されたベッドが気に食わないとか、どうしてそんなに疲れた顔をしているのかなどと、憎まれ口を叩きながら、治療を受けている。